日誌

2016年1月の記事一覧

楽器を寄贈!

 SEAWAVE FMいわきのご尽力により、認定NPO法人利他の会、姫路中央ライオンズクラブより楽器をご寄贈いただきました。パールドラムセット、全音ミュージックベル、ツリーワークス、全音タンブリン、全音ペン・リンをいただきました。音楽の好きな児童生徒がたくさんいますので、有効活用させていただきます。ありがとうございました。



     

平養ゲレンデ

 先週の土日に降った雪が雪が残る中、グランドに平養スキー場がオープンしました。これで生徒達もそりやスキーが楽しめるようになりました。もちろんリフトはありませんが、人力リフト(先生方?)はあります。児童生徒諸君は、雪の感触と雪遊びを楽しんで欲しいと思います。ちなみにこの雪は裏磐梯ネコマスキー場の雪と同じ雪質(?)だと聞いています。



     

第2回学校保健委員会

 1月26日(火)15時30分より第2回学校保健委員会を開きました。傷病発生状況、保健室利用状況、健康診断結果、校内環境整備、保健指導、給食指導等の報告、平成28年度学校保健・学校安全年間計画の協議、インフルエンザ濃厚接触者の対応、低体温児の対応、栄養指導について情報交換を行いました。委員の方々よりご指導と多くの情報をいただき有意義な会となりました。ありがとうございました。

     

     

今日の給食(1月27日)

  本日は水曜日パンの日です。また、給食週間の愛知メニューの日です。今日の献立は、食パン、エビフライ、みそ田楽、キャベツ・にんじん・えのき・ワカメの入ったチキンと野菜のスープ、マーガリン&あんでした。マーガリン&あんをぬったパン、みそ田楽、おいしく愛知メニューをいただきました。おいしかった。ごちそうさまでした。



【豆知識】
○みその種類
 味噌は大きく分けて米味噌、麦味噌、豆味噌、調合味噌の4種類に分類することができます。その中でも、現在国内で生産されている8割が米味噌です。
○みその発祥と歴史
 味噌の起源は古代中国の食品「醤(しょう/ひしお)」※1「豉(し/くき)」※2だと考えられています。日本に伝えられたのは、中国大陸や朝鮮を通って飛鳥時代の7世紀頃という説が有力です。「醤」という文字が日本で初めてみられるのは「大宝律令」(701年)で、「未醤」という文字が書かれておりこれが「みしょう」 ⇒ 「みしょ」 ⇒ 「みそ」と変化していったといわれています。

今日の給食(1月26日)

  本日は火曜日ごはんの日です。また、給食週間2日目東京メニューです。今日の献立は、むぎごはん、アジのさつまあげ、きつね和え、ねぎとだいこんの入ったかんも汁、バナナでした。アジのさつまあげがフンワリしていて味付けが最高、しょうゆを少したらして食べるとさらにおいしさが増します。うめー。ごちそうさまでした。




また、給食室の掲示物も給食週間の説明が書いてありした。カラー印刷で丁寧な説明に感心しました。

【豆知識】
○かんも汁 
 八丈島(東京都)の郷土料理で、かんも(さつまいも)や明日葉などが入った汁物。


今日の給食(1月25日)

  本日は月曜日ごはんの日です。また、給食週間1日目北海道メニューです。今日の献立は、とりめし、鮭ザンギ、コーンサラダ、ジャガイモのみそ汁、フルーツゼリーでした。おいしそうだな。食べたかった残念。



【豆知識】
○鮭ザンギ
 一般的に北海道で「ザンギ」といったら鶏の唐揚げのことを意味します。「鮭ザンギ」は鶏肉ではなく、鮭を使ってアレンジした一品です!森町で獲れた天然の鮭を使用し、丁寧に小骨を抜いてタレに漬け込んだ一品。お酒のおつまみやお弁当にぴったりです!しょうがが良いアクセントになっています!一口サイズで食べやすく、欲しい時に欲しい分を油であげるだけ。

今日の給食(1月22日)

  本日は金曜日メンの日です。今日の献立は、チャーシューメン、ささみ・ワカメ・きゃべつ・きゅうり・パプリカのバンバンジー、リンゴゼリーでした。今日もおいしかった。ごちそうさまでした。



 来週の金曜日は沖縄メニューです。お楽しみに。
【豆知識】 
○ラーメンの歴史
ラーメン夜明け前
1665年:水戸光圀が、日本人として初めて中華麺を食べる。儒学者朱舜水が、光圀の接待に対して自分の国の汁そばをふるまった。ただし、この中華麺が広く庶民にまで広まる事はなかった。  

ラーメン黎明期
1872年:明治維新により開国された港町に中国人街が出現。横浜南京街に数軒の中華料理店が営業開始。  
1884年:函館「養和軒」にて「南京そば」というメニューがあった。函館新聞に広告が載せられた物で、日本で最初に、正式に中華麺が宣伝された可能性がある。ただし、この「南京そば」が、現在のラーメンにつながる汁そばであるかどうかは不詳である。  
明治中期:横浜の南京街(中華街)で、南京そばの屋台が引かれ始める。この前後に相次ぎ本格中華料理店が続々と開店する。  
1905年:長崎『四海楼』の陳平順氏が長崎ちゃんぽんを考案  
1910年:浅草「来々軒」が創業。屋台ではなく、店舗を構えたラーメン専門店としては、日本初のお店である。当時は絶大な人気を博したようだが、残念ながら既に閉店している。1916年:佐野「宝来軒」営業開始  
1923年:札幌「竹家食堂」営業開始。札幌ラーメンの元祖だが、現在のような濃厚な味噌ラーメンではなく、比較的あっさり目の醤油ラーメンがメインだった。現在は、その味を受け継ぐ「竹家」が、神戸市にて営業中。  
1923年:初めて日本人が経営するカン水業者が横浜と東京・深川に開業  
1925年:喜多方で最初のラーメン店「源来軒」営業開始  
1932年:大阪・梅田の阪急デパートに支那食堂が登場  
1935年:宮城・仙台『龍亭』が涼拌麺(冷やし中華の原型)を発売  
1937年:九州最初のラーメン店「南京千両」が営業開始。営業開始以来、現在まで屋台での営業である。  
1937年:東京・錦糸町に難波二三夫氏が屋台『貧乏軒』(後の『ホープ軒本舗』)開業  
 この前後から戦争に至るまで、銀座「萬福」京都「新福菜館」、飛騨高山「まさご」などが続々と営業開始。歴史が古めのご当地の元祖にあたるラーメン店は、昭和前半に多く開店している。

ラーメン定着期
 戦後、中国からの引揚者によるラーメンの屋台が全国に出現した。中国で多くの人がラーメンの製法を覚えてきたのに加え、安い材料で美味しく栄養満点のラーメンは、戦後の物資が乏しい時代に、まさにピッタリの食べ物であった。
1940年:和歌山「丸高」が屋台で営業開始。  
1947年:尾道「朱華園」営業開始。  
 久留米「三九」で、白濁した豚骨スープを出し始める。「南京千両」はさらりとした豚骨スープだったが、「三九」のスープは現在の九州ラーメンの源流になる物。博多、熊本などを始め、九州全域に大きな影響を与えている。  
1946年:愛知・名古屋『寿がきや』開業  
1947年:荻窪「漢珍亭」営業開始。  
1947年:北海道・旭川に旭川ラーメンの『蜂屋』『青葉』開業  
1948年:東京・荻窪『丸長』開業  
1949年:福島・喜多方『まこと食堂』開業  
1949年:東京・荻窪『春木屋』開業 ラーメン処荻窪の基礎が出来上がる。  
1950年:札幌『味の三平』開業  
1955年:味噌ラーメン開発と同じ年に、中野「大勝軒」にて、山岸一雄氏がつけ麺を開発。その後、東池袋大勝軒で「もりそば」と言う名で大ヒットし、その後数十年にも渡って行列を維持している。  

ラーメン発展期
1958年:初のインスタントラーメン「日清チキンラーメン」発売。「支那そば」→「中華そば」と言われていたラーメンの、「ラーメン」という呼称が全国的に広まった。  
1958年:東京・武蔵境の『珍珍亭』が油そばを考案  
1959年:福岡でマルタイが「チキン味棒ラーメン」を発売  
1961年:札幌「味の三平」にて、大宮守人氏が味噌ラーメンを開発。札幌ラーメンの方向性を決定づけただけではなく、後の札幌味噌ラーメンブームを引き起こし、ラーメンの多様性を世に知らしめた功績は、あまりにも偉大だ。  
1961年:東京・東池袋に山岸一雄氏『大勝軒』開業  
1963年:エースコックのワンタンメン発売  
1964年:札幌『華平』の川西寛明氏がラーメンにバターを入れることを考案  
1965年:高島屋物産展で味噌ラーメンの実演販売実施。三年後にはサンヨー食品から「サッポロ一番味噌ラーメン」が発売され、味噌ラーメンの大ブームがまきおこった。  
1966年:
サッポロ一番(醤油と塩)発売  
1966年:明星チャルメラ発売  
1968年:日清『出前一丁』発売  
1968年:サンヨー食品がサッポロ一番の味噌味を発売  
1969年:インスタントラーメンにノンフライ麺が登場  
1971年:日清食品からカップヌードル発売。このエポックメイキングな発明は、日清食品会長の安藤百福氏による。安藤氏はチキンラーメンも発明していて、まさにインスタントラーメンの父と言える。  
1971年:京都・銀閣寺近くで屋台の『天下一品』開業  
1974年:横浜「吉村家」営業開始。ご当地ラーメンと言えるだけの普及を果たした、おそらくは今のところ最後に成立したラーメンスタイル。元々横浜では、中華街の流れを汲む醤油ラーメン、タンメン、サンマーメンなどが主流だったが、たったの20年程で吉村家出身の「家系」店舗群が大きく勢力を伸ばしてきた。今や関東各地は言うに及ばず、北海道、仙台、新潟など、全国各地にその系統を延ばしつつある。  
1980年:東京・杉並に「げんこつ屋」開業
1980年頃から関東を端緒に「豚骨ラーメンブーム」が起こる。「なんでんかんでん」「九州じゃんがららぁめん」等の人気店の出現も大きいが、食生活の西欧化など、特に若者を中心とした嗜好の変化が最大の原因ではないだろうか。これをキッカケに、いわゆる「こってりラーメン」が人気を博し始めている。  
1985年:福岡・博多に「一風堂」開業  
1986年:神奈川県藤沢市に「支那そばや」開業  
1989年:カップ麺が袋麺の生産を上回る  
1992年:日清「ラ王」発売。インスタントラーメン、カップ麺に続く第三のエポックメイキングの「生タイプ麺」は、ここからヒットした。この三年前には、生産量で袋入り麺をカップ麺が抜き去っている。  
1994年:新横浜ラーメン博物館開館  

ラーメン多様化期
1996年:青山「麺屋武蔵」、中野「香門」「青葉」、横浜「くじら軒」など、その後業界をリードしていく個性店、個性的なご主人がこの前後に相次いで登場している。豚骨・コッテリブームに対する反動とも取れるが、この時期から現在に至るラーメンの進化の兆しが見え始めた。  
1998年:旭川ラーメンが話題に。その後和歌山、徳島などの話題性を含め、全国各地のご当地ラーメンに注目が集まった。大きな波になった地域以外でも、久留米、尾道、函館など、各地の認知度が上がり始める。  
2000年:1996年に続き、埼玉「ぜんや」、大和「中村屋」など、ご当人ラーメンの第二期ラッシュ。多様化に加えて、明らかにレベルアップ指向のお店、職人が増えて来た。同時に、塩ラーメンが脚光を浴びる。味噌ラーメンブームのような、あらゆるお店がメニューに加えるような爆発的ブームではないが、レベルの高いお店の「切り札」的な存在として認知されたと言える。塩は調味料自体の風味や旨味が無い分、スープをピュアに味わえる。「ご当人」への注目と連動し、良い食材、工夫を重ねた製法を、もっともストレートに表現する手段として「まずは醤油(または味噌)、でもいずれは塩も」のような、敷居が一段高いラーメンだと認識されるようになった。
またつけ麺に魚粉を取り入れた頑者(埼玉・川越)もこの年にオープン。  
2001年:カップ麺にお店の屋号をつけた商品が続々と発売され始める  
2001年:内装を凝ったラーメン店が注目を浴びる  
2002年:首都圏を中心に魚介Wスープが人気となる  
2002年:「大勝軒」「二郎」の暖簾分けの店が続々と出店  
2002年:全国的にラーメンをテーマとした施設が続々とオープンする  
2003年:ラーメンダイニングの発生  
2005年:鶏白湯ラーメンがブームとなる。  
2007年:汁なしラーメン(和え麺)ブーム
東池袋大勝軒閉店(2008年再開)つけ麺が全国的に認知されるきっかけとなる。  
2008年:濃厚魚介つけ麺がブームとなる。  
2009年:ドロ系ラーメンがブームとなる。  
2010年:淡麗系ラーメンがブームとなる。  

ご存じですか?

 本校2階職員室入り口前の相談室に、「いわきサポートブック」、「いわきの福祉施設」、「いわき市の事業所」等の案内があるのをご存じですか。自由に見ることができますので1度ご覧ください。新しい発見があるかもしれないです。



     

     

     

こいのぼりコンテスト

 こいのぼりコンテストで中学部1年もえさんが佳作に入選しましたので、全校朝の会に先立ち表彰を行いました。応募作品100点の中で優秀な7点に選ばれたそうです。本当にすごい、おめでとうございました。



     

都響クラスコンサート最高!

 1月21日(木)10時から11時までの1時間、本校プレイモールで伊藤忠商事株式会社の協賛、株式会社いわき市民コミュニティ放送 SEA WAVE FMいわきの協力で東京都交響楽団メンバーによる弦楽四重奏の福祉出張コンサートを開きました。演奏者は、ヴァイオリン:塩田脩様、三原久遠様、ヴィオラ:村田恵子様、チェロ:森山涼介様で、クラシックやジャズ、本校応援歌も演奏していただきました。
 プロの生の演奏の素晴らしさに、児童生徒達は体でリズムをとりながら、酔いしれていました。その児童生徒を見ていた保護者も、子ども達の真剣に集中して鑑賞する様子を見て、このような機会を設けてくれた関係者の方々に大変感謝しておりました。伊藤忠商事株式会社のみなさん、株式会社いわき市民コミュニティ放送 SEA WAVE FMいわきのみなさん、東京都交響楽団のみなさま本当にありがとうございました。