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お知らせ
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進路指導部より

進路情報

進路講話

6月1日(金) 中学部・高等部の1・2ブロックの生徒を対象に進路講話が開かれました。

今回の講師は、「障がい者地域生活支援施設ぐんぐん」にて支援員として活動されている鈴木守さん。鈴木さんは、平成5年に本校高等部を卒業された後、職業能力開発校を経て、あいおいニッセイ同和損保に勤務されました。「他者の2倍、人生を充実させたい。」とがむしゃらに働いたそうです。大きな手術を機に、「残りの人生は、自分の経験を活かし、人のためになる生き方をしたい」と人生観を変え、現在の職場生活支援施設ぐんぐんに再就職。障がいのある自分だからこそできる仕事として幸せを感じながら充実した日々を過ごしているとお話ししてくださいました。

鈴木さんから、在校生のみなさんに身につけて欲しいこととして、

1 自分でできることは自分でやる

2 武器を身につける

3 障がいを認める

4 自分で考える・自分で決める

の四つを挙げてくださいました。

詳しくは、鈴木様のお話し全文を掲載いたしましので、ぜひお読みください。 ↓

 

進路講話全文 PDFデータはこちら → 進路講話原稿全文.pdf

 

平成30年度 進路講話

 

1.     自己紹介

2.     一般就労について

3.     再就職

4.     自立生活センターやピア・カウンセリングについて

5.     いわき自立生活センターの紹介

6.     転職の理由

7.     みなさんに身につけて欲しいこと

 

 

1.みなさん、こんにちは。今日お話しする内容は、この大きく分けて7つのお話しをしていきたいと思います。(7つの項目を読み上げる)

普通であれば、2、3人の卒業生がお話しすると思うのですが、今回は僕1人でいろいろなお話をさせて頂きます。とても長い話になると思いますが、僕も頑張りますので、みんなさんも頑張ってお話しを聞いてください。

まずは、自己紹介をしたいと思います。僕の名前は、鈴木守と言います。現在42歳です。この平支援学校には、小学部の1年生から高等部3年生までの12年間お世話になりました。

僕の病気は、先天性骨形成不全症という病気で、簡単に言うと、生まれつき骨が折れやすく、小さい頃は1年に3、4回も骨折してしまい、高等部を卒業するまでの間に、約40回も骨折をしました。

それから、たぶん、こういう生徒はあまり多くないと思うので話しておこうと思うのですが、僕は小学部に入学すると同時に、寄宿舎に入りました。しかし、寄宿舎には歳の近い生徒が少なかったため、寄宿舎での生活に慣れる事が出来ず、母の送り迎えで家から通学することになりました。その後、中学生くらいからは骨折をすると、療護園に入院をしました。骨折が治れば、また家からの通学に戻る・・・という生活でした。

高等部を卒業した後、宮城県仙台市にある職業能力開発校に2年間の予定で行きました。なぜ、「2年間勉強してきました」ではなく、『予定』なのかは、後で出てきます。職業能力開発校では、パソコンや簿記検定、それと秘書検定の資格を取るための勉強をしました。

2年生の夏の終わりから仙台市で就職活動をしていたものの、なかなか良い出会いがなく、念のために・・・と、いわきのハローワークでも仕事を探し始めると、すぐに面接をしてくれる会社がみつかりました。10月中旬に面接に行くと、「すぐに採用するので、来月から来てください。」と言われ、開発校の先生には「就職をするための勉強する学校なので、就職が決まって学校を辞めるのは問題ないです。」と背中を押されたものの、本当はいわきではなく仙台で就職をしたかったこと、友達よりも先に学校を辞めてしまうこと、当時付き合っていた彼女と離れ離れになってしまうこと・・・など、いろいろ悩みましたが、学校を途中で辞めて、1995年、19歳の秋に初めて就職することになりました。

 

2.次にお話しするのは、一般就労についてですが、最初に勤めた損害保険会社では、主に保険申込書などの書類の記入間違いや漏れのチェック、データの入力、電話やお店に来たお客様の対応、代理店と言われる取引先からの問い合わせ対応、会議や資格講習での講師など、いろいろな仕事をしていました。パソコンのスキルは勿論ですが、就職してみて意外にも一番役に立ったのは、秘書検定の資格を取るために学んだ、ビジネスマナーでした。ビジネスマナーというのは、電話やお店に来たお客様の対応の方法、書類の整理の仕方、上司や同僚・取引先とのコミュニケーション・『ほう(報告)・れん(連絡)・そう(相談)』の方法などです。仙台の職業能力開発校で、その頃は訳も分からず、お客さん役と社員役に分かれてのロールプレイングなどを何度もやりました。それがとても恥ずかしくて、あまり好きな授業ではなかったのですが、「資格を取る為だから仕方がない・・・」と自分に言い聞かせて勉強しました。それが実際に社会に出て働いてみると、とても役に立ち、その事に自分自身がとても驚いた事を今でも良く覚えています。

2014年秋のある日、会社のトイレの中でお腹に激痛が走り、自分では車椅子を動かす事も出来ませんでした。偶然トイレの前を通りかかった先輩に発見され、会社の目の前の病院に運ばれました。最初は、「2、3日入院すれば帰れるだろう」くらいに思っていました。しかし、大腸に穴が開いてしまうという、なかなか大変な状態で、入院から6日後、人生初の全身麻酔による開腹手術を受けました。それから2年半の間に、お腹を大きく切らなければならない手術を合計3回もすることになりました。勤めていた保険会社の上司や同僚たちは、「治るまでは、仕事の事ことは気にせず、しっかりと治療を受けて、回復したら復帰してくれれば良いですよ」と言ってくれました。初めのうちは、自分もそのつもりでしたが、手術の度に3ヶ月ほど会社を休み、復帰しては体調を崩し、また手術の繰り返しになっていました。どんな手術にも危険はありますが、最後に受けた手術が去年の2月に受けたもので、病院の先生からは「この手術は、必ず成功するとは言い切れません。場合によっては寝たきりになる可能性もあるので、出来ればやらない方が良いと思います。」と言われました。でも、僕は「今、手術をしなくても、いつか緊急手術することになって、そのせいで寝たきりになる可能性があるのであれば、緊急手術という形でなく、病院側にもしっかりと手術の準備をしてもらって、手術を受けたいです。どうせ寝たきりになるのであれば、何もしないで、ビクビク毎日生活するよりも、手術を受けた方がスッキリするので、そうしてください。」とお願いしました。最初は手術することにあまり乗り気ではなかった先生も「その覚悟があるのであれば」と、手術をしてくれることになり、その時点で会社を辞める決断をしました。会社はそれでも「まだ待てるから、辞めるか辞めないかは、手術の後にもう一度考えてくれれば良いです。」などと言ってくれました。でも僕は「やはり仕事の事を全く考えずに手術に臨むことは無理で、手術の後の状態を約束出来ないのであれば、手術を受ける時点で背負っている物を一度おろして、手術に臨みたいんです。」と自分の気持ちを正直に話し、会社を辞めました。

手術は成功し、その後、車の運転などもほぼ元通りに出来るようになりました。

 

3.2017年3月末に退院した後、体調が安定してきたこともあり、2017年の7月くらいから本気で仕事を探し始めました。生活するためには、仕事をして、お給料をもらい、そのお給料で食べる物などを買ったり、家の家賃や電気代や水道代、車のローン、車はガソリンがないと走らないのでガソリン代など、いろいろなお金がかかります。しかし、いわき市には車椅子でも働くことが出来るバリアフリーな会社はまだまだ少ないため、なかなか仕事が決まりませんでした。

以前から一緒に障がい者スポーツの活動や卓球のチームで一緒に活動している、同窓会会長でもある赤坂嘉子さんもとても心配してくれて、仕事探しのアドバイスや愚痴などを聞いてもらっていました。

そんなある日、「自立生活センターで職員を募集するみたいだけど・・・お給料は、前の保険会社のようにはたくさんはもらえないかも知れないけれど、とてもやりがいのある仕事で、もちろん職場はバリアフリーで車椅子でも不便は少ないと思います。」と連絡を頂きました。仕事の内容や職場の設備など、詳しく話を聞いてみたいと思いました。面接をしてくれた理事長は、僕の仕事の経験や今までの生活の話などを聞いて、採用を決めてくださり、2017年12月から、いわき自立生活センターで働き始めました。

 

4.ここからは、自立生活センターやピア・カウンセリングについて、少しお話ししたいと思います。

自立生活センターは、『どんなに重い障がいであっても、自己決定・自己選択に根差した地域での自立生活が送れる社会づくり』の理念のもと生まれ、そのネットワークは世界中に広がっています。

ピア・カウンセリングは、障がい者のことを一番よく理解しているのは、その人自身であり、お互いに平等な立場で話を聞き合い、地域の中での自立生活を実現する手助けをします。そのさまざまな相談に応じる障がい者を、ピア・カウンセラーと呼んでいます。

 

●ピア・カウンセリングでの『4つの約束』

・時間を対等に分け合う

・秘密を守る プライバシーを守る

・否定・批判をしない

・アドバイスをしない

 

●自立生活プログラム

・金銭管理について

・介助について

・住宅について

・福祉制度について

など、自立生活に向けて、情報交換や情報提供をするものです。

 

 

僕は、いわき自立生活センターで、障がいを持った当事者スタッフとして、主に自立生活プログラムの提供、障がいのある利用者さんからの色々な相談に乗るなどの仕事をしています。

 

5.次に、いわき自立生活センターと、就労継続支援B型事業所ミント、生活介護アライブ、バリアフリー型アパートすいすいの紹介をします。

 

いわき自立生活センターのある『ぐんぐん』は、このように車椅子利用者でも移動がしやすいよう、通路が広く取られていたり、専用の車椅子に乗ったまま入れるお風呂、介助者と一緒に入っても利用しやすいトイレなどがあります。

 

ミントでは、働く能力がありながら、就労の機会に恵まれなかった障がい者に社会へ適応するため必要な訓練を行い、一般企業への就労を目指して、知的障がい者と軽度障がい者が、力を合わせて働いています。

タオルなどの洗濯作業、年賀状や名刺、この写真にあるような横断幕などの印刷作業、いわき市からの委託でアライブと共同で敬老記念品の作成、大手日用品メーカー様から内職作業の請負などをしています。

 

次に、アライブでは、みんなで力を合わせて働き、仕事をする喜びを感じ生活を豊かにしていくこと。労働を通して地域社会への貢献や自己の可能性を追求し、能力を高めていくことなどを目的として、毎日明るく働いています。

名刺・はがき作成・チラシ・パンフレット等の印刷や、ビデオからDVDに変換するなどのパソコン作業の他、いわき市から委託を受けて婚姻届を出された方へプレゼントされる「フォトフレーム」を製作するなどの木工作業、さをり織りでポーチやコースターを作るなど、パソコン作業だけではなく、様々な作業をしています。

 

続いて、すいすいは、福祉施設ではなく、深夜の時間もヘルパーさんが常にいて、緊急時には時間外でも対応をお願い出来るバリアフリー型のアパートです。部屋は個室でプライバシーは守られていて、入居者同士が交流できるスペースもあります。

普通より高さの低いキッチンがある部屋や利用者に合わせて高さを変えることが出来る洗面台など、最新のユニバーサルデザインの考え方で造られています。重い障がいがあっても、ヘルパーさんの助けを借りながら、自立生活を送ることが出来ます。

 

6.と、ここまでいろいろとお仕事の話をしてきましたが、みなさんの中にも、『どうして、これまでの保険会社とは全く仕事の内容も違い、決してお給料も高くはない自立生活センターに勤めようと思ったのか』をお話ししようと思います。

それには、僕の病気がとても大きく関係しています。最初の自己紹介でもお話ししましたが、僕は先天性骨形成不全症という病気で、子供の頃は何度も骨折をしましたが、病院の先生からは「大人になれば、骨折はだんだんしなくなるからね」と言われていました。でもこれは、病気が治るという意味でも、全く骨折しなくなるという意味でもなく、骨折の回数が減るというだけの意味です。僕は、骨が折れやすい病気であるにも関わらず、小さい頃からスポーツをするのが好きで、高等部を卒業するまでは毎年骨折をしていました。高等部2年生か3年生の頃だったと思います。当時の療護園の園長先生が、「君の病気は、普通の人みたいに長生きはしないと思うぞ。半分くらいかなぁ。」とサラッと・・・実にサラッと告知されました。僕は、「寿命のこと?」と質問すると、園長先生は「あぁ。そう言われてる。」とだけ言いました。あまりにもサラッと言われてしまったので、落ち込むでもなく、「普通の人って、平均寿命80歳とかだから・・・俺は40歳くらいってことかぁ」と心の中で思いました。さすがに、これは誰にも言うことができず、しばらくの間は家族にも友達にも話しをすることができませんでした。まず、真っ先に考えたこと。それは、

『これから先、どう生きていくか。』

そもそも1年に何度も骨折をしていた子供時代から、少しずつではあるものの、骨折の回数は減り、「もうすぐ大人だから、骨折はしなくなる。」とアッケラカンと思っていたのに、突然の寿命宣告でした。当時16~17歳だった僕に残された時間は、23年ほど・・・。そこで思ったのが、『普通の人の半分の長さの人生なら、倍の速さで人生を楽しめば良いんだ。人の倍、遊ぼうと思ったら、倍働いて、寝る時間は半分にしてでも楽しまなきゃ損だな。いや待てよ、子供の頃は普通の人の4分の1くらいしか遊べなかったんだから、倍でも足りないや。』と。今考えれば、なんとバカなことを思いついたんだろうと思いますが、当時の僕は、とても真剣にそう思いました。映画やドラマで見るような病院のベッドの上で『最期』を迎える時、

『あれをやってみたかった』

『あそこに行ってみたかった』

『あれを食べたかった』

など、○○しておけば良かったというような後悔はしたくなかったのです。それをゼロにすることは無理でも、やりたいことが100個あって死ぬよりも、2とか3個にしたい。行ってみたかった場所も、100ヶ所ではなく、2~3ヶ所にしたい。そんなふうに思いました。本気で。

それと同時に思ったのが、1年、1か月、1日、1分、1秒・・・泣いて過ごしても、笑って過ごしても、時間の長さは同じです。

『どうせ過ぎて行くのであれば、出来るだけ笑っていたい!』

そう強く思うようになりました。今考えると、骨折しては痛みと悔しさで大泣きしていた子供の頃の自分とのバランスを取るかのように、自然とそういうふうに思うことが出来ました。

そして、この4年の間に3回の開腹手術と、入院の日々・・・その中で、「そういえば、そろそろ園長先生の言っていた寿命の歳なんだなぁ。」と寿命の話を思い出しました。3回目の手術で、もしかしたら寝たきりになるかも知れないと言われ、たぶんその時に一度、死ぬ覚悟をしたんだと思います。そして、思いがけず、ほぼ元通りの生活が出来るようになり、依然と同じ生活をする為には・・・と、仕事を探し始めました。

『一度死んだような人生。どうせなら残りの人生は、人の為になる、世の中の為になる、自分の経験を活かせる仕事をしてみよう。』

と思いました。もちろん、どんな仕事であっても、目の前に相手が居るか居ないかは別として、みんな誰かのために仕事をしています。

「障がい者として生まれ、そして育った自分だから出来る仕事もあるんじゃないか。」

「いろいろな経験をさせてもらったことが、今生活に困っている人へのヒントになるのではないか。」

そう思ったのです。お金はとても大事です。でも、生活するのに困らないだけのお金があれば、暮らしてはいけます。やりたいこと、やってみたいことを仕事に出来るというのは、幸せなことだと僕は思います。障がい者も、障がいの無い人も、自分がやりたい仕事、やってみたいと思う仕事が出来ている人は、みなさんが思っているほど、多くありません。そういう意味では、僕は今とても幸せだと思っています。もちろん、今の仕事にも大変なこと、大変な時はあります。しかし、仕事をしていて幸せを感じることが出来るということに感謝をしています。

 

7.最後に、在校生のみなさんに身につけて欲しいことをお話ししたいと思います。

 

まず、1つ目は『自分で出来る事は、自分でやる』というテーマでお話します。今、新しい校舎になったこの学校に通っている皆さんが学校や療護園や寄宿舎、バリアフリーな自宅など、普段生活していて不便に感じることはかなり少なくなっていて、「自分で出来ない事なんてない。」と思っている人も多いかも知れません。それから家族、学校の先生や療護園の看護師さんなどが、困ったことがあるとすぐに助けてくれると思います。しかし、それは家族だからであり、先生や看護師さんはそれが仕事だから、助けてくれるということを忘れてはいけません。実際社会に出ると、不便な場所は未だに多く、すぐに助けてくれる人が身近にいるとは限りません。

車椅子の僕は、コンビニなどで商品棚の手の届かない高い場所にある商品が欲しい時など、誰かが助けてくれるのを待つのではなく、知らない人に自分から声をかけてお願いしています。しかし、知らない人に自分から声をかけるということは、今のみなさんにとって、とても勇気のいることかも知れません。でも、1つコツを教えたいと思います。それは、『助けてくれた人に一日一善をプレゼントした』と思うようにすることです。どういうことかと言うと、知らない車椅子に乗った障がい者に突然声をかけられて「すみません、シーチキンのおにぎりを1つ取って欲しいのですが、お願い出来ますか?」と言われ、シーチキンのおにぎりを取ってあげたら、ちゃんと笑顔で「ありがとうございました。」とお礼を言われたとします。すると、その人は『人助けをした。今日は、良いことをした。』と思えるのです。笑顔でお礼を言われて、嫌な気分になる人は少ないからです。その人は、もしかしたらその後、職場や家で「今日ね、コンビニでね・・・」というふうに、いろいろな人に『車椅子とおにぎり』の話をすると思います。だって東京などの都会と違って、車椅子の障がい者にコンビニで遭遇することも、障がい者に声をかけられることも、とても珍しい事で『絶対に誰かに話したくなる話』だからです。人間とは、そういう生き物なのです。例えば、みなさんが芸能人に会ったとします。そしたら絶対に誰かに話したり、自慢したくなりますよね?僕たち障がい者は、芸能人でも、有名人でもありませんが、普通の人にとって、とても珍しい存在なのです。そんな障がい者を助けることが出来たということは、『一日一善』になるのです。『一日一善』というのは、『1日に1つは良いことをしましょう』という意味の言葉で、「1日に1つなんて簡単そう」と思うかも知れませんが、実はそんなに毎日出来るとも限りません。そして、この『車椅子とおにぎり』の話を聞いた人も、「今度は、自分も障がい者に会ったら、助けてあげよう。」みたいに思ってくれるかも知れません。これは、シーチキンのおにぎりを取って欲しかった車椅子に乗った障がい者、おにぎりを取ってあげた人、その話を後で聞いた人、誰も損をしていませんし、みんなとても嬉しかったり、良い気持ちになれるのです。だからとても勝手ですが、『僕が声をかける事で、みんなが幸せになる。』くらいに思うようにしています。そう思うと、「声をかけたら迷惑かな」とか「障がい者に声をかけられたら、嫌だろうな」なんてことは考えなくなります。実はこの時、買いたいと思ったシーチキンのおにぎりは、一番上の棚にあって、絶対に自分では届かない・・・届くところにあるのは、あまり好きではない明太子のおにぎりでした。

みなさんなら、どうしますか?自分でも取れる明太子おにぎりにしますか?

僕は、知らない人にでも声をかけて、自分が食べたいと思ったシーチキンのおにぎりを買いたいです。別に、障がい者だからといって、我慢したり、遠慮したりする必要はないのです。ただ、最後にちゃんと笑顔でお礼が言えれば良いのです。これは、自立生活センターに来ている障がい者の皆さんにも言っていることなのですが、今日ここにいる在校生の皆さんも、誰かに何かしてもらったら、しっかりと笑顔で「ありがとう」と言える人になって欲しいと思います。

 

次に、2つ目『武器を身につける』というテーマについて、お話します。

これは何も『ケンカする為』とかではなく、何か他の人よりも、1つでも良いから得意な事を持って欲しいという事です。社会に出て働く、それも障がいを持っていて働く場合、とても重要だと僕は思っています。

やはり普通の人に比べて、出来ないことが多い障がい者にとって、この『武器を身につける』という事は自分にとって頼りになります。社会の中では、みんな支え合って仕事をしたり、生活をしています。障がいの無い人でも、1人で生きていくことなど出来ません。特に働くということにおいて言えば、出来るだけ仕事に直結した『武器』を持って、他人から頼られる存在になること、何かをしてもらうだけではなく、何かをして上げられる人になる事が大切です。

僕の場合、職業能力開発校で学んだ事が、今でも『武器』になっています。それは、パソコンなどの知識です。今では、パソコンを普通に使える人が多いですが、僕が最初に就職した頃は、「パソコンはどうしても苦手で・・・」という人が少なくありませんでした。「こういう内容の文書を作りたいんだけど・・・」とか「こういう表を作って、簡単に表計算させたいんだけど」などと相談されるようになり、頼りにされるようになりました。頼られるという事は、自分の仕事のやる気にもつながる大事なことだと、僕は思います。

また仕事の話ばかりではなんですから、ちょっと脱線します。(笑)

この『武器を身につける』というテーマでは、仕事が休みの日などのプライベートでも使える『武器を身につける』ことが出来ると、更に良いと思います。例えば、『ゲームが得意』とか『楽器が得意』とか、自分の好きなこと、興味のあることなど、何でも良いです。でも、今より掘り下げてもっと詳しくなったり、もっと上手になって、それが使える『武器』に変わるように努力もしてください。

僕は、子供の頃から車が好きで、車の図鑑のような本を読んだり、他の子供は買わないような雑誌を読んだりしていました。当時の僕は、自分1人で車を運転して出掛けることが出来るようになるとは思ってもいませんでした。骨が弱い自分が車に乗る、車に車椅子を自分の力で積むというイメージが出来ませんでした。でも、「いつかこんな車に乗ってみたいなぁ。」と思いながら読んでいました。大きな転機になったのが、高等部1年生くらいの時に、同じ障がいを持つ5歳年上の先輩が、車に乗って1人で学校に来た事がありました。その先輩は、僕よりも体が小さく、骨も折れやすかったので、僕は先輩の車に駆け寄って、「どうやって運転するんですか?」「アクセルは?」「ブレーキは?」「車椅子は、どこに、どうやって積むんですか?」と次々に質問しました。そして、この時『僕でも車を運転できる!』と強く思いました。

それからは、どんな車が乗りやすいのか、どんな車が車椅子を積みやすいのかなど、必死で調べました。その頃には、骨折も少なくなって来ていたので、車椅子を自分で積む力をつける為の筋力トレーニングもしました。車の大きさや性能なども、今まで以上に勉強しました。

もちろん、高等部の時は将来、損害保険の会社に就職して、自動車保険を担当するなどとは、全く思っていませんでしたが、この時に勉強した事が就職してからの仕事でも『武器』になりました。

その後、インターネットで知り合った障がいの無い友達もたくさん出来て、一緒にドライブに行ったり、バーベキューをしたり、レース観戦をしたり、サーキットコースを自分の車で体験走行したり、新しい事にもいろいろとチャレンジしました。

何か『武器を身につける』事で、自分の世界を広げたり、ストレスを発散することが生活する上では、大切な事だと思います。その分、お金はかかりますけどね。(笑)

仕事でもプライベートでも、頼られる人になる為に『武器を身につける』ということを覚えておいてください。

ただ、世の中は広いです。自分よりも、詳しい人、得意な人がたくさんいるのも事実です。だからといって、決して落ち込まないでください。人と比べるのではなく、自分の好きな事に一生懸命になれることは、とても良いことなので、途中で辞めてしまうのではなく、続けてください。一生続けられる趣味などに出会うことが出来たら、それはとても幸せなことだと思います。

 

続いて3つ目は、『障がいを認める』というテーマでお話します。

僕自身、もちろん障がい者ですが、障がいを持った自分から見ても、一部の障がい者に『障がいを受け入れられない』『障がいを認める事が出来ない』障がい者がいます。そのような人が社会に出た時に、なかなか会社に馴染めない、溶け込めないなどの問題で、仕事が長続きしないのではないか?と思うことがあります。

『自分には何が出来て、何が出来ないのか。』

『障がいの無い人と何が同じで、何が違うのか。』

『そして、何が『武器』になるのか。』

これらを考え、それを認める事がとても大切で、そしてとても難しいことでもあります。他人と違う事は、決して恥ずかしいことでも、悲しいことでもありません。障がいの無い人の中にも、背が高い人・低い人、痩せている人・太っている人、世界に目を向けると、肌の色・文化・宗教など、みんな違いますし、違って当たり前です。

障がい者も、障がいの無い人も、それぞれいろいろな個性を持っています。だから、恥ずかしくもありませんし、悲しくもありません。

日本人は、他のどの国の人よりも外国人に対して「どこの国から来たの?」という質問が一番多い国民だという話を聞いたことがあります。本来、引っ込み事案だと言われる日本人ですが、自分と違う人、違うモノに対してはやはり興味を持ち、知らないことでの恐れを打ち消すため、質問をする事があるのかも知れません。これは、皆さんが社会に出た時、同僚や上司、取引先などの人から同じような視線、言葉にさらされることと似ていると、僕は思っています。

 

『どんな病気なの?』

『車椅子だと、どんな生活をしているの?』

『どうやって会社に行っているの?』

 

などなど、『障がい者の不思議』みたいな疑問や興味は、少なからずあります。あって当たり前だと思います。

しかし、障がいの無い人からすると、「直接聞くのは失礼・・・」などの思いから、遠目から見ている人もいます。それが障がい者からすると、「見られている」、「何かヒソヒソ話をされた」という誤解になってしまい、そう思った障がい者は『居場所が無い』と感じてしまうのかもしれません。

僕は、たまに町で1人で外出している障がい者を見ると、「この人はこんなに重い障害で、どうやって生活しているんだろう?」と、とても興味が湧いてしまうことがあります。そう考えれば、障がいの無い人が障がい者に興味を持ったりすることは、当たり前だと思います。逆に興味を持ってもらえることに、ありがたいと思うこともあります。興味を持ってくれた人には、僕は自分のことを隠さずに、同僚・上司・友達たちに話す努力もしています。

相手に自分のことを知ってもらうこと。これは、とても大切なことだと思います。

自分には何が出来て、何が出来ないのか。

それを考え、理解し、認めること。

そして、相手に理解してもらうこと。

今日、ここにいる皆さんも、いろいろな障がい、病気を持っていると思いますが、社会に出るという事はお互いを知ることから始まり、それはとても大切だということを忘れないでください。

 

4つ目『自分で考える・自分で決める』というテーマで、最後になります。

これは、「自分は何をしたいのか」「相手にどうして欲しいのか」。自分で考えて、自分で決めるということです。誰かに考えてもらって、誰かに決めてもらうことは、とても楽なことのように思ってしまうかもしれません。ですが、自分で決められないということは、僕はとても不幸なことだと思っています。考えるのは大変で、面倒と思ってしまうかもしれませんが、自分が何を、どのようにしたいのかは、自分が一番わかっていることです。話す、書くなど、どんな方法でも良いので、自分の思っていることを、相手に伝えることが大切です。

 

ある日、「今日はカレーが食べたいな」と思って、「今日はカレーが食べたいので、作ってください。」とお願いしました。完成したカレーは、『辛口で、野菜がゴロゴロと大きくて、牛肉とキノコが入った』カレーでした。僕は、『甘口で、野菜は小さくて、鶏肉が入った、でもキノコは入っていない』カレーを食べたかったのです。でも、甘口が良いとか、野菜は小さく切って欲しいとか、お肉の種類は鶏肉を使って欲しい、キノコは嫌いなので入れないで欲しいとは言いませんでした。作ってくれた人は、自分の好みのカレーを、「美味しいから喜んでくれるだろう」と思って作ってくれました。でも、それは作ってくれた人の好みであって、僕の好みとは違うカレーで、作ってくれた人も、作ってもらった僕も、どちらもガッカリな結果になってしまいました。

このように、何をどうして欲しいのか、しっかりと伝えないと、自分が思ったようにはならないということです。

 

そして、自分の決めた事には、自分で責任を持つということ。進路だけでなく、日頃の生活でも、自分で考え、自分で決めること。自分で決めたのだから、誰かのせいにしない、自分で責任を持てる人に、みなさんもなって欲しいと思います。

 

僕がこれまでに、自分で決めてきたことを紹介します。

・保育園に行くか、行かないか

・地元の普通小学校か、養護学校か

・通学か寄宿舎に入るか

・普通高校か、養護学校高等部か

・進学か、就職か

・大学か、専門学校か、職業能力開発校か

・車を買うタイミング

・仙台で就職か、いわきで就職か

・手術を受けるか、受けないか

・会社を辞めるか、辞めないか

・自立生活センターに勤めるどうか

ちょっと考えてだけでも、これくらい出てきますし、もちろん今も毎日、何かしらを自分で考えて、自分で決めて、生活をしています。

 

今日は、とても長いお話になりましたが、これで僕からのお話は終了です。今日は、ありがとうございました。

 

先輩の話を聞く!


  高等部1年1組で「先輩の話を聞く会」が行われました。講師はさんしゃいんクレハの矢内さん(平成25年度卒業)です。「高校のうちに取っておいた方が資格は」、「進路を決めるにあたって大事なことは」、「趣味は」、「高校時代はどう過ごしていましたか」など後輩から鋭い質問が投げかけられました。これらの質問に菜々美さんはにこやかに、かつ的確に答えていました。最後に、後輩から「大変参考になりました。今後の自分の進路決定に参考にさせていただきます。」と親しみと感謝を込めてお礼のことばがありました。



     

現場実習報告会集完成!

 平成27年12月18日(金)に行われた現場実習報告会の冊子が完成しました。前期・後期の実習内容、実習でわかったこと、反省、今後の目標・・・・等生徒が学んだことが書いてあります。

現場実習報告会が行われました

12月18日(金)9時30分より視聴覚室で、高等部の「現場実習報告会」を行いました。前期、後期それぞれ1週間計2週間実施した現場実習について、実習場所、実習目標、実習後の反省、後輩へのアドバイスなどをプロジェクターを使って発表しました。

どの発表もしっかりまとめられ、大変分かりやすい内容でした。他の生徒の発表のメモをとるなど、真剣に聞く姿が見られました。

 

 3・4ブロックの発表では、生活介護事業や校内実習で取り組んだことを報告しました。

 3ブロックは、実習での反省以外に校内実習行った「健康体操」を実演、会場はとても盛り上がり、心も体もリフレッシュできました

 4ブロックは、校外での実習報告以外にも校内実習で制作した「はらぺこあおむし」の制作方法や感想などを発表しました。

 

 1・2ブロックの発表は、2度の校外実習から得た感想と今後の決意について報告されました。

〈生徒の発表から〉

 〇 実習を通して、5日間働けるだけの体力や集中力がないと感じました。体力作りや集中力が持続できるように日頃から心がけ、少しずつ増やしていけるようにしていきたい。

 〇 あいさつや返事の声が自分で思っているよりも小さいことに気づきました。日頃から心がけながら、自分から積極的にできるようにしていきたいと思いました。

 〇 カイゼンという言葉を学び、仕事を効率よく行うために、自分なりに考え工夫することを心掛けました。また、見直しや確認をすることでより正確性が身についてきました。

 〇 学校や家庭では自分のことをわかってくれ、何も言わなくても手伝いしてくれたということを改めて実感しました。社会に出るには自分のことをわっかってもらうためにきちんと説明できる力が必要だと思いました。

 

 また、お忙しい中、なないろくれよん小名浜の日和田 英里様にも出席いただき、実習中の様子や貴重なアドバイスをいただくことができました。

 御出席をいただいた皆様、ありがとうございました。

後期産業現場等における実習が行われました

 高等部では、10月5日(月)~9日(金)の5日間にわたり、後期の現場実習が行われました。

 現場実習では、子どもたちが学校を離れ、実際の職場で就労体験をしたり、福祉的なサービスを受け、卒業後の生活をより具体的にイメージできるようにすることを目的とした活動です。

 5日間という短い期間ではありましたが、前期に行った経験を生かし、働くことの意義や自分にあった進路について考えを深めていくことができ、生徒たちにとってかけがえのない貴重な経験となりました。

 学校としても、今回の体験を通して実感できた課題について向き合い、より一層生徒たちの可能性を伸ばしていけるよう支援に努めたいと思います。

 お忙しい中、本校生徒の実習を受け入れてくださいました企業・事業所の皆様、本当にありがとうございました。



前期産業現場等における実習が行われました

 高等部では、6月22日(月)~26日(金)の5日間にわたり、現場実習を行いました。

 現場実習は、子どもたちが学校を離れ、実際の職場で就労体験をしたり、福祉的なサービスを受けることで、卒業後の生活をより具体的にイメージできるようにすることを目的とした活動です。

 5日間という短い期間ではありましたが、働くことの意義や自分にあった進路について考えを深めていくことができ、生徒たちにとってかけがえのない貴重な経験となりました。

 学校としても、今回の体験を通して実感できた課題について向き合い、より一層生徒たちの可能性を伸ばしていけるよう支援に努めたいと思います。

 お忙しい中、本校生徒の実習を受け入れてくださいました企業・事業所の皆様、本当にありがとうございました。


進路講話が行われました

 6月5日(金) 2名の講師を招いて進路講話を行いました。

 高橋春香さん(本校平成25年度卒)は、アイエスエフネットライフいわきでの仕事のお話や、在学中の取り組みについてお話されました。仕事をする上で大切なこと、普段から心がけていることなど伺うことができました。

吉田裕美さん(平成18年度中学部卒)は、富士テレコム株式会社でのお仕事お話や、自動車免許取得等の実体験についてお話されました。仕事をしていて嬉しかったことや、辛かったこと、普段から心がけていることなどを伺うことができました。

2名の講師の方は、普段の仕事内容が電話対応などが多いことから、話し方がとても丁寧でわかりやすく、的確にアドバイスを下さいました。

生徒たちも、メモを取りながら熱心に聞き、質問も多く出るなど、自分の進路の参考にと真剣な態度で取り組んでいました。

高等部現場実習報告会

 

 12月19日(金)高等部生徒による「現場実習報告会」が行われました。

 実習で取り組んできたことや学んだことについて、実演したり、プレゼンテーションソフトを使ったりしながら、「いま自分が伝えたいこと」を「自分なりの方法」で熱意を込めて発表することができました。

 3・4ブロックの発表では、生活介護事業での体験発表や校内実習で取り組んだ作業の実演が行われました。
 カッターのスライダーを上手に動かして紙を切ったり、色水に紙を浸して染色したり、スイッチを押してミキサーを押したり、一つ一つの工程を生徒一人一人が担当しました。見事上手にできるとうれしそうな表情、会場からも大きな拍手がわき上がりました。

 1・2ブロックの発表では、2度の校外実習から得た感想と今後の決意について報告されました。
〈生徒の発表から〉

  • 実社会ではスロープの勾配が急であることを実感しました。自分の行動範囲・可能性を広げるために、自宅の庭にスロープを作って練習するようにしています。
  • 自分のあいさつが周囲の人に気付かれにくいことがわかりました。いまは、立ち止まり、手を挙げてからあいさつするようにしています。
  • 注意やアドバイスをしていただいた時、表情や言葉に心が表れることを学びました。感謝の心で聴くことが大切だと思いました。

 報告会に参加した小中学部の生徒も熱心にメモを取りながら発表を聞き、積極的な質疑応答がなされました。
 発表に向けた準備、当日の質疑をとおして、互いに進路にむけた意識を高め合うことができました。

 また、お忙しい中、株式会社アイエスエフネットいわきの関本ひとみ様、渡邊昭平様、ソーシャルスクエア内郷の油座啓子様が出席され、それぞれの立場から貴重なアドバイスをいただくことができました。
 御出席をいただいた皆様、ありがとうございました。


卒業生の声(坂本一磨さん)

 平成25年度卒業生の坂本一磨君が、宮城県の西多賀特別支援学校に招かれ、生徒のみなさんを対象に進路講話を行いました。その様子を抜粋してお伝えします。

後期産業現場等における実習

 高等部では、10月6日(月)~10日(金)の5日間にわたり、現場実習を行いました。
 現場実習とは、子どもたちが学校を離れ、実際の職場で就労体験をしたり、福祉的なサービスを受けることで、卒業後の生活をより具体的にイメージできるようにすることを目的とした活動です。
 5日間という短い期間ではありましたが、働くことの意義や自分にあった進路について考えを深めていくことができ、生徒たちにとってかけがえのない貴重な経験となりました。
 学校としても、今回の体験を通して実感できた課題について向き合い、より一層生徒たちの可能性を伸ばしていけるよう支援に努めたいと思います。
 お忙しい中、本校生徒の実習を受け入れてくださいました企業・事業所の皆様、本当にありがとうございました。